正絹刺子織作務衣 黒刺子開発話

もうすぐ100にも及ぼうかという作務衣を開発し、会員の皆様にご提供している当会のスタッフも、仕事を離れれば作務衣の好きな一人の人間。ですから好みもさまざま、作品の好き嫌いだってあるのです。
そんなスタッフが、こと「人に見せたい一着」という点に限れば、ほとんど意見を一致させる作務衣があります。
その一着というのが、一昨日の秋に開発した「絹刺子作務衣」です。華麗な絹の輝きに、刺子の存在感のある質感が交わったこの作務衣の風合いと表現力は圧倒的。スタッフはおろか、会員の皆様をも一様に唸らせたものでした。
絹と刺子がおたがいの良さを引き出しあう…
着て誇らしく、人に見せたくなる作務衣――これは「人と作務衣の関わり合いを考える」という照合のコンセプトを受けるに最もふさわしい一着ではないでしょうか。
というわけで、今回の巻頭を飾る新作は、絹と刺子の組み合わせ、これ以外にはない!と衆議一致を見ました。
色は、黒。といっても真っ黒ではありません。刺し模様の質感が微細な白と黒の世界を展望し、全体の色彩感としては、濃い鼠色を思わせます。まさに「黒刺子(くろざしこ)」。素直にこれを作品名として頂きました。
この彩りと質感を流麗に気高く包み込んでいるのが、絹ならではの輝き。なにしろ、刺子に織るため、通常の3割近くも多く使われている絹の光沢が刺子独特の凹凸を鮮やかに際立たせています。思わず触ってみたくなるこの質感――。
織りはもちろん刺し子織。通常の刺し子織は地布になる糸より刺子部分の糸の方が太くなりますが、この絹刺し子織は、同じ太さの糸で浮き織りにして凹凸をつけています。
これは「崩し織刺子」という伝統の技法。この刺し子織による質感が、逆に絹の輝き過ぎを抑え、総じて格調高さを生み出しています。絹と刺子がお互いにその良さを引き出し合っているということです。
本来的な意味からすれば、水と油に近い「絹」と「刺子」の組み合わせが、ここまで高い品質レベルで完成。まさに、人に見せたい一着です。

絹刺子織 茶刺子羽織

作務衣にはもちろん、野袴にも“きぬざしこ”の羽織はよく似合う。
きぬざしこ――この響きの良さは、まさに風が運んだ玉の音。
絹と刺子を組み合わせるという発想は、当会だからこそできるものと自負しております。
素材は正絹100%、染めは樹木染。刺子で織ったため絹糸の量が増え、絹はその優雅な輝きだけではなく、質感の豊かさももたらしてくれました。
秋冬に着る絹の作務衣にふさわしい機能と趣を持った一着です。

絹刺子織 茶刺子野袴(きぬざしこおり ちゃざしこのばかま)

質感に富んだ輝きと、清冽な響きが聞こえてくるような一着。
古装としての印象度が強い野袴は、まさに着用するだけで存在感が際立ちます。
その昔、武士たちが本袴を脱ぎ捨て心を解放させたこの野袴。きりっとひもを結べば、臍下丹田に活力湧き、野遊び、散策はまさに踏青の歓びを五体に走らせる――こんなイメージのある野袴が、この現代に新たな生命を宿しつつあることは実に興味深いものがあります。
…それだけに、何でもかんでも野袴に仕立てればいいという訳にはいきません。逆に、この野袴の開発は慎重に吟味を重ねたものでなくてはいけないと思っています。
そんな当会が、迷うことなう野袴への仕立てを決めたのが、「絹刺子」でした。清冽までの気高さと端正さ、そして剣道着などに通じる刺し子織――これを成さずして、何を野袴にすべきか!というくらいの確信のもとに、「絹刺子野袴」が誕生しました。
おかげさまで、この野袴が大好評。しかも、作務衣用の羽織を野袴に合わせたいとのご意向も多く、私どもの判断が間違いではなかったと安堵いたしました。
野袴気分――ぜひ一度味わっていただきたいものです。
一人で簡単に着られます。
前ひもを回して、後ろをツメで止め、あとは後ろひもを結ぶだけ。上着は通常の作務衣より約20センチほど長く仕上げてあります。

絹刺子織作務衣 茶刺子(きぬざしこおりさむえ ちゃざしこ)

たっぷりと絹を使う、刺子織りならではの質感!
絹の糸を樹木染めで先染め。タテ糸とヨコ糸に濃淡をつけて刺し子織で織り上げます。糸の濃淡が交わった存在感のある風合いはなかなかのものです。
また、余計なことかもしれませんが、刺子で織ると糸の量が増えます。
今回の場合ですと、それだけ絹の使用量が増えるということ。そのことによって絹はその優雅な輝きだけでなく、質感の豊かさももたらしてくれるのです。
喜びも哀しみも、想いを連ねそのすべてを内に包み込んだ“きぬざしこ”。このように、言葉の響きやイメージからアプローチする作務衣づくりはこれからも続けていきたいと考えています。
なぜなら、そのイメージを表現するためには、さまざまな技法を駆使したり、大胆な組み合わせを考えたりする必要があり、そのことが作務衣づくりのレベルを高めることに結びつくと思うからです。
いろいろな意味を込めて、新しい作務衣づくりの第一弾として「絹刺子作務衣」を野袴と合わせてご呈示させていただきます。

絹刺子織作務衣 茶刺子開発話

想いを連ねたら…こうなりました。秋の新作は、まさに珠玉の終結です。
恒例のスタッフ会議。テーマは、秋の新作をいかにするか――いつものことですが、春の盛りに秋の作務衣をどうするか想いをめぐらせるのです、アイディアに詰まったら、言葉の連想ゲームが始まります。
秋天、初紅葉、落穂、菊人形、熟柿、桐一葉…など、あたかも俳句歳時記を読んでいるように言葉が飛び交います。その時、ある女性スタッフが発した言葉に、席がシーンと静まり返りました。
澄んだ声で発した言葉、それが「きぬざしこ」でした。
何という響きの良さでしょう。耳から聞いた絹刺子ではなく、“きぬざしこ”でした。
スタッフ全員がこのようにひとつの言葉の響きに吸いつけられたケースは前代未聞。そして各人の頭の中で、その言葉のイメージはどんどん広がっていきました。
清冽なほどの気高さ、そのくせ、どこか素朴な…
広がったイメージを集約すると、“風が運んだ玉の音、月に照らされる輝き…”。その気高さ、端正さは清冽。そのくせ、どこか素朴で土の香りさえするようなイメージはとても奥深いものがあります。
秋の新作テーマは異存なし、満場一致でこの“きぬざしこ”に決定しました。
文字通り、絹の刺子です。優雅さの象徴ともいえる“絹”と、貧しさ故の工夫から生まれた“刺子”の技法が四つに組む訳で、この組み合わせもさまざまな思いが連なって何ともいえぬ趣があります。
素材は正絹100%の刺し子織。その架け橋となる染めは樹木染めを採用します。
万葉百彩シリーズのひとつとして開発した樹木染めは、その自然感覚も時流に合って、今や人気の高い染め技法。しかも、ここにきて染めに濃淡が出せるようになったこともあり、今回の色染めの役割を負うことになりました。

刺子織献上柄羽織(さしこおりけんじょうがらはおり)

渾身の一着。
「少し派手になり過ぎるのでは?」との不安は見た途端に吹き飛びました。
七代目からの「総献上柄の羽織をつくる!」という自信満々の提案。
腰が引けながらも首をタテに振った結果が、この出来栄え。
派手どころか、実に気高く、落ち着いた風格で決まっています。どんな作務衣にもぴたり。
あらためて、七代目のセンスの良さには脱帽です。

刺子織羽織(さしこおりはおり)

先般、刺子織作務衣を発表しました折、多数の会員の皆様から「何故羽織がないのか!」という叱責を頂戴いたしました。
もちろん、当会としても羽織の品揃えは当初から頭にあったのですが、本体の作務衣が予想をはるかに上回る評判。加えて七代目の丹念な仕事ぶりも合わせて、つい機を逸してしまったという次第です。
これではならじとフル回転で品揃え。刺子織羽織の登場となりました。写真のような仕上がり、いかがでしょうか。確かに皆様からのご指摘のように、羽織を一枚合わせるだけでグンと格調が増し作務衣本体がいっそう引き立ちます。
素材、織り、色、すべて作務衣と同じ。ただ「丁字雲」「唐法師」に付けていました柄は、羽織の特性、袖なしの陣羽羽織型を考えて無しとしました。
裏地はごらんのように藍と対をなすことで気品が増す明るい“ねずみ色”。霜ふり風に模様をつけ動きを出してみました。もちろん、表はすべて刺し模様です。

七代目辻村染織再び(2)

「日本人は刺子が好きなんだね。頑張り甲斐があるよ」
「で、これは私からお宅に申し出たいんだが、刺子織の“はんてん”をやってみたいんだよ。刺子織にはぴったりだと思うんだ。作務衣の上から羽織ってもいいし、ジーンズにも合うと思うよ」
と膝を乗り出す。てんてこまいで参ったね――などと言いながら、作品のイメージがわいたらとことんノリまくる。代々受け継いだ職人気質にどうやら灯がともったようだ。
「今回の新作には気が入ってる。期待してもらっていいと思うよ」
前回お会いした七代目が職人らしからぬ柔和さを見せたのに対し、今回の七代目は意欲が前面に出てきているように感じた。
「お宅の会員さんはレベルが高いから、ヘタ打てないんだよ。ま、一枚一枚心を込めてやるしかないね」と七代目はキッパリ。小柄な体を駆使して藍ガメをかきまわす姿からは、話をしている時とはまるで違う雰囲気が伝わってくる。
「前回は前回。やっぱり新作を送り出す時は心配なもの。今回も、一枚でも着てもらえれば、私は嬉しいね」
出た、七代目の名セリフ。でも今回は、七代目は最後まで目を伏せなかった。

七代目辻村染織再び(1)

「ずいぶん忙しくなっちまったね。でも、わしのペースでやるだけさ…」
「一枚でも着てもらえば、私は嬉しいね」――前回、初めてお訪ねした時に七代目がボソッと呟いた最後の言葉がこれであった。
あにはからんや、七代目の予想(?)は見事に外れ、刺子織作務衣三点は発表と同時に大変な反響。予定した枚数はあっという間に売り切れ、追加、追加でてんてこまいという状況が生まれてしまった。一年経過した現在、新作準備中の七代目を訪ねてみて、その近状などを報告してみたい。
「羽織は悪いことした。でも、そのぶん今回はもっと頑張るからね」
やはり、てんてこまいであった。しかし、目は笑っている。やあ、と手を上げて、しばしお茶の時間となる。
「いやあ参ったよ。こんなに仕事したのは何年ぶり…いや何十年ぶりかねぇ」
と手を見せる。ツメの間まで藍に染まっている。こちらとしても想像以上の反応で驚いていることを伝え、やはりモノが良いと売れますね――と水を向ける。途端に照れてしまう七代目、変わっていない。
「まあ…というよりも珍しかったからじゃないかね。刺子の作務衣ってのがさ…」
ところで、会員の方から“羽織”が矢の催促なんですけど――。
「あ、それそれ。悪いことしたね。すぐにやっちまうはずだったんだが、作務衣の方に追われてしまって。いくら忙しいからって、一枚一枚手を抜くことはできないしな、ついつい後回しになってしまったんだよ。でも、今回は大丈夫。必ず間に合わせるから…」
とのこと。刺子織の羽織を待ち望んでいる方へよろしくと七代目からの伝言である。
「しかし、ちょっと裏地が気に入らなくて、もう少し試作してみようかとも思っているんだ」
これが名人気質というものか。刺子織羽織も期待が持てそうだ。

京都刺子織作務衣 蓬(きょうとさしこおりさむえ よもぎ)

秋号にて初めてご紹介した「柿渋」が大変な話題となった“京都”の作務衣。さて、この春号にはどんな作品が送られてくるか、私どもも首を長くして待っていました。
蓬(よもぎ)――でした。奇をてらうことなく堂々と季節の彩りでした。素材は綿に麻混。京都の盆地に吹き込む春から初夏にかけての風が感じられる彩りと素材、さすがです。
最初は少し奇異に見えた“はかま”感覚で着る、いわゆる京都式の仕立ても大好評。もちろん、上着を出せば、他と変わらぬ作務衣すがたが得られます。
京都作務衣の特色は、都会派ともいうべき小粋さや新和風と呼ぶにふさわしい機能性の数々。あでやかで新しもの好きだったといわれる平安京――千二百年を迎える現在でも、その伝統は脈々と生きているようです。