武州正藍染作務衣 匠と羽織(ぶしゅうしょうあいぞめさむえ たくみとはおり)

藍に生き、藍を極めた傑作登場
惜しまれながら勇退する名匠の、燦然と輝く最後の金字塔がここにある。その作務衣は、藍を知り尽くし、惜しみない愛を注ぎ込んだ、匠の職人技のまさに集大成。時がどれほど移ろい行くとも、生まれながらにして伝説となるにふさわしい逸品が芽吹く。 
冴え渡る藍に込められし技と思い。有終の”匠”。これをもって永久欠番とします。
一着目は、その名もズバリ、武州藍染作務衣”匠”。私どもではこの先、どれほどの逸品が生まれようとも二度とこの名を冠することなく、いわば”永久欠番”とさせていただきます。
この作務衣の魅力は、なんといっても”段染”と”紋型織”を採用したこと。段染は濃淡の出し具合が非常に難しく、仕上がりの織りを頭の中で思い描けなければできない至難の手法。
しかも段染めで仕上げたその糸を、平織、綾織、飛綾織の三つの織の良さが和合し、ひとつの妙味を生み出す紋型織りにして仕立ててみました。
その質感の素晴らしさは当カタログの裏表紙に付けましたわずか数センチ四方の生地見本からもそこはかとなく醸し出していますので、ぜひお手にとってご覧ください。
本来これほどの品なら価格の方も高めになるのは必定。しかし今回は秋元さんの最後の作品、匠に敬意を込めてお値段もぐっと抑えさせていただきました。売切必至はご想像通りです。

万葉百彩染羽織 青淵(まんようひゃくさいはおり せいえん)

他の作務衣には合わせて欲しくない…という想い。
この羽織だけは、「青淵」作務衣にのみ合わせて着て欲しい――青木渓水さんから、会員の皆様へのメッセージを託されました。
通常、さまざまな作務衣に合わせて、その雰囲気をお楽しみください、という具合に羽織をおすすめしている私どもも、今回の職人たちの想い入れの強さの前には一言もありません。
もちろん、この「青淵羽織」は作務衣と同じ素材、染め、織り。やはり10周年記念作品となっております。

万葉百彩染作務衣 青淵(まんようひゃくさいさむえ せいえん)

10年の歩みを物語り、さらにこれからの作務衣づくりを展望する記念の一着を作りたい――こんな大テーマに、武州の職人最強トリオが燃えた。
武州が生んだ明治の英傑、渋沢栄一が愛した<青淵紬>への挑戦。
素材は敢えて綿。繊維の宝石と言われるトルファン綿糸を藍に染め、タテ糸に使用。ヨコ糸は茶と緑の草木染による糸と藍糸を撚り合せた太糸にて紬織を再現。
その名にふさわしく、青き淵を想わせる深き藍の彩り。その風合いは絹に優るとも劣らず。
10年の成果を結集させたこの一着は会員諸氏への献上気分。

青淵紬(せいえんつむぎ)の再現に武州が燃えた!(4)

10年の歩みを象徴。そして、作務衣の先を見つめた一着。
「伝統工芸士などという妙な肩書きが付いたから、少し肩に力が入ったけど、この出来なら栄一さんも納得してくれると思うよ。あとは皆さんがこの作務衣の良さを、会員の方にどう伝えてくれるかだけだね。まかせたよ」
渓水さんから厳しいバトンを受け取ってしまった。
伝統様式をきちんと守って開発した「武州正藍染作務衣」一着を引っさげて、作務衣を世に問うてから10年。素材、彩り、技法などにその幅を広げながらも、当会の理念は変わることはない。
その証ともなる今回の10周年記念作務衣は、「青淵」の名を得てここに完成した。職人たちの冴えわたる技が表現したこの一着を、見識高き会員の皆様に委ねる次第である。

青淵紬(せいえんつむぎ)の再現に武州が燃えた!(3)

正藍染の草木染の茶と緑糸を撚り合わせて紬に…
気分が乗っていたのだろう、いつもなら2~3ヶ月はかかる試作期間がその半分で済んだ。完成試着会に望んだ職人たちの満足気な顔付きが、今回の記念作務衣の出来栄えを物語っている。深みというか奥行きのある藍である。微妙に緑色がからみ、まさにその名の如く青淵の彩りだ。
タテ糸は例のトルファン綿糸を正藍染にて先染め。武州ならではの絣が生きている。ヨコ糸は…。
「茶と緑の草木染の糸に、藍染の糸を撚り合せた太糸で紬に仕上げてみた」と石塚さんの口から自信満々の説明である。
青木渓水さんは含み笑いしながら口をはさまない。文句なし!という時に見せるこの人の表情である。
秋元さんは?知らぬ顔の半兵衛を決め込んでタバコをふかしている。
この三人の構図をして、武州では“完璧”という。

青淵紬(せいえんつむぎ)の再現に武州が燃えた!(1)

「ワシは黒子でいい…」と、本誌への登場を頑なにこばみ続けてきた青木渓水さん。染めの秋元一二さん、織りの石塚久雄さんを率いてすべての作務衣づくりに参加してきた。いってみれば、武州職人の元締め的な存在である。
しかし、今回だけは黒子を決め込む訳にはいかないようだ。伝統芸術を着る会の10周年を記念した作務衣づくりであるばかりか、当人の伝統工芸士認定を記念する意味も込められているのだから…。
<青淵紬>の再現に武州の職人たちが燃えた!
「10周年記念だろう。武州の名にかけてもヘタはうてないぞ、なぁ…」
渓水さんが鬼になった。この気迫に秋元、石塚という武州が誇る名職人二人の顔にも緊張が漲っている。
「で、考えたんだが、ここ一番は栄一さんのアレしかないんじゃないか…と思うのさ」と渓水さん。「青淵か!」と秋元さん。「紬だな!」と石塚さんが素早く反応する。
武州が生んだ明治の偉人、渋沢栄一が好んで愛用していた<青淵紬>を再現、記念作務衣として仕上げようということである。すでに渋沢家の了解は取り付けてきたという。渓水さんがノッている。
代々、藍玉問屋として利根川流域の藍玉を商っていた渋沢家だけに、理解は深い。武州のため、藍染の発展のためなら――と快諾。栄一翁の雅号であった<青淵>を記念作務衣の名称として頂くこととなった。
「何だか大層なことになったなぁ」と秋元さん。「こいつは大仕事だ」と石塚さん。10周年記念、伝統工芸士、そして渋沢家の期待――さまざまなプレッシャーが、武州の職人魂に火を付けたようだ。
藍染液の調子を整える地味だけと大切な役目<藍建>は、渓水さんが自分でやるという。秋元にいい仕事させたいからね…と藍ガメのそばに座り込む。何だかいい雰囲気になってきた。

万葉百彩織作務衣 卯月(まんようひゃくさいさむえ うづき)

この色をして“卯月”とは言い得て妙。春爛漫は四月の色。
タテ糸は武州ならではの正藍染。そしてヨコ糸の緑は、安定度の高い化学染液をベースに、草木染めの味付け。
この先染めの糸を操り、手織感覚で巧みに織り上げていく。まさに、染師と織師の完成が成し遂げた色合い、風合いといえる。
名付けて万葉百彩織作務衣“卯月”。

春に挑んだ二人(5)

卯月とはいい名前だ。春のすべてが表れている。
「名前はどうつけるんだい?」と今度は秋元さん。早春でもなく、晩春でもなく、春真っ盛りの四月。春すべてを包括する意味で“卯月(うづき)”としたいと思うと恐る恐る答える。「卯月…ほう、ええねぇ」と石塚さん。鶯(うぐいす)などと言われたら反対するつもりだったという。
古来より植物染料として定評のある四種の染料を混入したことから万葉、織りで創った彩という意味で“百彩”織りと表現したいとの申し出にも了承をもらい、ここに――万葉百彩織作務衣「卯月」が誕生した。
この作務衣の良さ、わかってくれるよねぇ…
待つこと半年。すべてをゆだねた春の作務衣開発は、武州職人の飽くなき探究心と心意気により、想像以上の成果を上げたといえよう。
「あ、言い忘れたけど素材は上質の綿だからね。綿でなくちゃいけないんですよ」と石塚さん。
突然、石塚さんの提案で利根川に夕焼けを見に行く。落ちてゆく夕日を見ながら「分かってくれるよね」とつぶやく石塚さん。大丈夫、うちの会員のレベルは高いから…と答えたら、嬉しそうに笑った。
【交織織りについて:画像上】

  • タテ糸は武州正藍染。カメに着け引き上げる。空気酸化によりうす緑から藍に染め上がる。このタテ糸は三回染め。三回も染めていながら、この微妙な薄さは秋元さんの技術。カセ糸状で染めるため、また空気酸化のせいで計算できぬわずかな染めムラができ、これが織りの段階で味となる。
  • 基本の緑に藍の葉をはじめ、次のものを加える。
  • 深く微妙な自然の色を出すために、高級科学染料に、藍の葉・梔子(くちなし)の実・刈安(かりやす)・蘇芳(すおう)から抽出した染液を混ぜる。ムラなく、安定した染め上がりのために敢えて機械染めにする。こうして染め上がったのが、下のようなヨコ糸である。

【交織織りについて:画像下】

  • カセ状のままでは織り機にかけられないのでコーン状に巻き取り、整経機にかけ…
  • 400本以上のコーンからドラムに巻き上げるシーンは実に壮観である。
  • タテ糸とヨコ糸を織り機にセット。藍のタテ糸が流れる中に、計算されたヨコ糸が飛び込んで交わる。石塚さんの織り機は、ゆっくりとした手織り感覚。1日に30メートルしか織れないという。
  • 試し織りを重ねて完成した生地。濃い緑のヨコ糸が、藍のタテ糸と交わることにより、こんなに変化する。藍のタテ糸は。途中で消えたりかすれたり…。これが完成した春の作務衣「卯月」の生地である。

春に挑んだ二人(4)

1インチ単位で糸の交わりを考える交織技法だから…
思わず息を呑む。何と言えばいいのだろう…この色は。微妙で薄く明るい緑に、藍のタテ糸がひそやかに走っている。
「じゃ、これを見て」と石塚さんが四、五枚の布地を見せてくれる。ほとんど違いが分からない。
「いや、全然表情が違いますね。この違いに悩んだんです。タテ糸を流しながら、1インチ単位でヨコ糸の飛込みを考えるんです。1インチの中に何本ヨコ糸を入れるかで、表情がまるで変わってきます。ですから、試し織りは何度もやりましたよ」
「石塚さんの試し織りは30メートル単位だからスゴイよねえ…」と秋元さん。え?30メートル単位?
「2~3メートルじゃ分かりません。30メートルは織ってみなきゃ…」と平然たる石塚さん。
藍染のタテ糸がカスってるから計算できないものがあり、これもやむを得ないのだという。
「陶芸でも、カマの中で灰が思わぬ模様をつくるから、カマから出してみなければ作品の仕上がりが分からないというでしょう。あれと同じです。だから、何度も織ってみるんです」
やっと満足がいったという。これが石塚さんの考える春の彩だという。何も言うことはない――あとは、この彩をどう会員に伝えられるかが問題だ。
「生地見本はつけるんですか?」と石塚さんに聞かれた。30メートルとは比較にもならないほど小さいが、付けたいと思ってると答える。
「いや、小さくてもいいんです。彩には質感もありますから…。それに写真でこの色を表すのは、申し訳ないけど絶対無理ですから。是非添付してください」とのこと。石塚さん、相当の自信あり――と見た。