「吉岡の黒をやるのかい?そりゃいいね」と、頼もしい助っ人がひと肌ぬいでくれました。
「新作は藍色でいきたい…」と切り出した時の二人の表情は見ものでした。二年続けて「卯月」「三し織」という大ヒットを連発した染の秋元、織の石塚という武州きっての職人にとって、“何を今さら…”と怪訝な顔になるのは無理からぬところ。いや、実はかくかくじかじか…新しい藍の可能性を求めたいとの意向を伝えると、やっと納得。それも、黒を採り入れた藍染をお願いしたい――と話が進む頃には身を乗り出してくる程。そして、その黒は…とこちらが言い出す前に「吉岡だな…」とズバリ。さすがに実力派のお二人。分かってくれています。
憲法黒のポイントは鉄媒煎にあり!
こうして、武州正藍染と吉岡流憲法染の結婚話は意を挟む者もなく決定したのですが、ベテラン藍染師の秋元一二さんだけが浮かぬ顔です。
「いやね、吉岡の黒やるんなら媒染がポイントになるわな…ワシには荷が重いよ」とのこと。そこへ石塚さんから間の良い一言。
「博士がいる!博士に助(す)けてもらえばいいじゃないか、ウン」おう、博士か…秋元さんの顔もパッとほころびました。
職人仲間に“博士”と呼ばれる人とは、北一男さん。プロフィールをご覧頂けば、呼び名の由来もよく分かります。
「いやあ、吉岡の黒をやると聞いて、ワクワクしましたよ。こりゃ、俺の出番だなってね。喜んで協力させてもらいますよ」と大ノリの北さん。鉄媒染の第一人者がスタッフに加わり、いよいよ体制は整いました。
北一男さん
昭和9年生まれ。群馬大学工学部入学、地球科学を専攻。卒業後、民間企業の研究部にて酸化鉄(弁柄)、磁性材料(フェライト)の研究に没頭。植物染め、藍染に興味を持ち、武州のコンサルタントとして関与。鉄媒染の第一人者として今回“憲法黒”の再現にスタッフとして参加。新しく更なる藍づくりへの道を開いた最大の功労者である。
◇「藍の潔さ、黒の剛毅。「吉岡流憲法染」(3)」に続く…